私がこの道を選んだきっかけ
寺井社長は、創業から100年を超える自転車卸売専門商社、株式会社東商会の家に生まれた。
とはいえ家業に足を踏み入れたのは大学卒業後のことで、当時はまだ会社を継ぐという意識は薄く、様々な仕事を経験しながら、むしろ「自分で会社を興そうか」という思いの方が強かったという。
そんな寺井社長がまず選んだのは、某自転車小売店だった。「自転車店と通信販売の両方を手がけている店はそう多くなかった」「両方学べると思い、そこに飛び込んだ」と振り返る。22歳から5年間、接客や修理、通信販売の運営まで幅広い業務に携わった。
転機が訪れたのは27歳のとき。
当時63歳だった父から、事業を継ぐ意思の有無を尋ねられた。父自身は明言しなかったものの、寺井社長にはその問いかけの奥に「継いでほしい」という思いが込められているように感じられたという。
迷いがなかったわけではない。それでも、「今までの人生を自由に生きてこられたのは、東商会があったからなのだろう」という思いが決断を後押しした。父からは「一所懸命やっていても潰れるときは潰れる」といった趣旨の声をかけられ、そうした言葉もあり、迷いを振り切って家業を継ぐことを選んだという。
入社後のキャリアは、本人いわく普通の成長曲線ではなかったという。
現場の営業からではなく、総務からのスタートだった。就業規則の整備や給与計算といった業務を7年間積み重ね、取締役就任を経て事業全体を見渡す立場へと成長していった。
仕事をする上で大切にしていること
寺井社長が経営において大切にしているのは、「誰もやってないマーケティング手法を取る」という姿勢だ。
同じ手法を追随していては、経営は徐々に厳しくなっていくという考え方がある。
その根底にあるのが、PDCAサイクルに対する独自の考え方だ。「日本の多くの企業は、P(計画)とC(検証)とA(改善)に時間をかけすぎている」と語り、まずD(行動)を起こし、量を重ねることを重視している。
この価値観は、幼少期の経験に由来する。
寺井社長は、「運動神経がいいと言われることが実はあまり嬉しくなかった」と振り返る。自身は誰よりも練習を重ねてきたという実感がありながらも、努力ではなく才能として片付けられることに、もどかしさを感じていたという。その経験から、「失敗を重ねなければ、成功の感覚は掴めない」と考え、行動量を増やすことこそが結果につながると学んだ。
こうした姿勢は、社長就任直後に直面した課題でも発揮された。入社当時、会社には1.5億円相当の滞留在庫が残っていたという。「誰かがやらなければならない。それができるのは自分しかいない」その思いで、7年をかけて向き合い続けた。
在庫の整理にあたっては、全国の自転車店や通販事業者を集めた大規模なイベントを年に2〜3回開催し、在庫を少しずつ減らしていったという。
在庫が整理された後には、試乗会の開催を年60日から120日へと倍増させ、自転車教室も年間約500回開催するなど、体験を通じた新たな取り組みにも力を注いでいる。
今抱えている課題
自転車業界が抱える課題として、寺井社長はまずIT化の遅れを挙げる。
「自転車は人の手が入る商材であるため、どうしてもAIには置き換えられない」と語るように、自転車は組み立てや調整に必ず人の手が入る商材であり、その特性ゆえに、他業界と比べてデジタル化が進みにくい構造がある。東商会では社内のチャット活用や、AIによる提案資料・ウェブ発信の制作などを進めているが、業界全体で見れば依然として発展途上だという。
もう一つの課題は、業界全体の市場縮小だ。かつて自転車は、通勤や日常の買い物といった移動の中で自然と体を動かせる、いわば「手軽な運動・ダイエットの入り口」として親しまれてきた。しかし、コロナ禍以降の生活様式の変化やリモートワークの普及によって、そもそも人が移動する機会自体が減り、自転車に触れるきっかけが失われつつあるという。
スポーツタイプの自転車についても、需要が右肩上がりというわけではない。日常的に自転車に乗る人が減れば、そこからスポーツタイプの自転車へ関心を広げていく人も自然と少なくなっていく。「入り口がないことが一番の要因」と語るように、寺井社長はこの構造こそが、業界全体の市場縮小を後押しする最大の原因だと捉えている。
こうした業界特有の課題に対し、寺井社長は自転車を「移動手段」としてだけでなく、「体験」として提供し直す必要性を強く感じている。
未来の展望
今後の展望について、寺井社長はゴルフ業界の変遷を一つのヒントとして語る。
「自分たちが子どもの頃、ゴルフは年配の方がするスポーツというイメージだった」という状況から、若く魅力的なアスリートの台頭とメディア露出によって、若年層が参入するようになったという。自転車業界にも同様に、「始めるきっかけ」を作ることの重要性を見出している。
「自転車を始めるきっかけさえ作れれば、人口が増えるにつれて、周囲に誘い合う人も自然と増えていく」と話す寺井社長。試乗会や自転車教室といった体験型の取り組みを通じて、「入り口をしっかり増やす仕掛けをしていきたい」と意欲を見せる。
会社としては、自転車販売という一点突破型のビジネスモデルからの転換も見据えている。自転車販売事業を維持しながらも、他の事業を育てていく必要性を感じているという。
さらに視野は国内にとどまらない。「30年先を見据えれば、日本というマーケットだけでは勝負できなくなる」との危機感から、世界で戦える事業のあり方を、長期的な視点で模索していきたいと語った。
まとめ
27歳での決断から始まった寺井社長の経営者としての歩みは、大きな不良在庫の整理という試練を経て、「誰もやってないマーケティング」を追求する独自の経営スタイルへとつながっていった。
自転車業界が抱える構造的な課題を直視しながらも、寺井社長が目指すのは、自転車という乗り物の「入り口」を再び広げていくことだ。試乗会や自転車教室といった体験の場を通じて、次の世代に自転車の魅力を伝えようとしている。
「日本の企業の皆さん、PDCAのPとCとAに時間をかけすぎず、Dを99%にしましょう。質は量をこなすことで担保される」という寺井社長の言葉には、100年企業を担う経営者としての、行動を重んじる姿勢が体現されている。